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交響曲第4番(J.ブラームス)の世界!

皆さまごきげんよう!

 

今日ご紹介するのはJ.ブラームス作曲、交響曲第4番ホ短調作品98です。

久々のオーケストラ編成の曲紹介、このブログを始めたときから「いつかは自分の言葉でこの曲の魅力を伝え切らねば」と思っておりました。ようやくそのときが来たのですね……!(うまく伝えられるかしら…?)

 

作曲者のブラームスといえば、作曲するのに20年掛かったと言われる傑作「交響曲第1番」や、三大レクイエムに数えられる「ドイツ・レクイエム」、これまた三大協奏曲に数えられる「バイオリン協奏曲」、さけるチーズのCMでおなじみ「ハンガリー舞曲」など、代表曲には枚挙に暇がない大作曲家です。

 

ブラームスのイメージはというと「偏屈で頑固な、立派な髭のおじいさん」という方も多いでしょう。

しかし彼もまた私たちと同じように純真無垢な子供時代があったのです。そんなブラームスの人生を、まずはこのブログらしく妄想たっぷりにご紹介してまいりましょう。

 

J.ブラームスは1833年、ハンブルクのコントラバス奏者の父と仕立て職人の母の間に生まれ、幼少期から労働者階級の苦しい生活を強いられ、港の酒場や娼館で一晩中演奏をして家計を助ける健気な少年でした。

自分のピアノを聴いている人なんか一人だっていやしない。昨日弾かされた曲なんか最悪だった。雰囲気だけの退屈な曲ばっかり。孤独で退屈で、今日を生きるだけで精一杯。おまけに近くで大人の生々しい現実を見せつけられる毎日。

早く…大人になりたい……

そして、そうならざるを得ない少年時代だったのでした。

そんなブラームス少年、マルクゼンというピアノ教師に出会い、ベートーベンやバッハの音楽を叩き込まれることで運命が転がり始めます。

ブラームス少年にとってそれは、古典派の巨匠たちの音楽から聞こえてくる独り言、憧れの大人になるためのヒント。今まで演奏してきたような、ただ消費するだけの音楽とは決定的に違う何かがありました。
それはときに小説のようであり、手紙であり、風景写真であり、そしてまだこの世に表現する言葉のない感情までも描写してしまう魔法の鏡となり世界のすべてを、すべての答えを映してくれるのでした。

そして何より、孤独から解放される彼らとの音楽の対話は、ブラームスにとって何にも代え難い至福のときであり、いつしか彼ら古典派の音楽は、苦しく孤独で寄る辺ないこの娑婆世界の中で唯一信じられる心の拠り所、そしてかけがえのない心の師となっていったのです。

 

「心の師」。

私にとっても心の師は、まだ自分の世界が狭く正解が少なく感じられる多感な青少年時代を支えてくれた存在、生き方に答えの一つを示してくれたかけがえのない存在でした。

私には、ブラームスにとっての心の師の立ち位置こそが、ここまで古典に執着し作品に昇華しようとしてきた理由の一つなのだと、よく理解できます。

 

ブラームスの生きた時代は「自身をさらけ出し、感情をダイナミックにストレートに表現する」ことを求められるロマン派音楽全盛期、それもワーグナーやリストなどキラキラ派手で大衆的で下世話なテーマを題材にした音楽、誤解を恐れず換言するならば、音楽の表現する“色”を黄色や紫、ド派手なピンク色にして雰囲気全体で盛り上げる手法が大いに流行した、そんな時代でした。

なんて破廉恥な……若いブラームスはそう思ったに違いありません。なにしろブラームスの崇拝する古典派音楽は形式がすべて。色も派手さも必要ないのです。

しかしブラームスは古典音楽の手法を勉強するうちに、あることに疑問を持つのです。

“じゃあ古典派音楽は、本物の完全無色なのだろうか?”

答えは明白でした。いえ、無色でありたいとまではブラームス自身も思っていなかったのです。

「そうか、じゃあ高貴なグレー、後ろ向きな茶色、最後の最後にだけきらりと輝くいぶし銀を磨き上げていく、そんな音楽があったっていいじゃないか。」

そうだ、僕の傾倒する古典の手法でこの時代に合った音楽を作ってみせる。それはブラームスの作曲家としての覚悟であり、次第に誇りとなっていくのです。

 

恩師シューマンに見初められた20代から、音楽芸術の頂点たる交響曲を作曲できる程に自信をつけるまで30年、気付けばブラームスは50代を迎えていました。

40代で亡くなった恩師シューマン、50代で亡くなった心の師ベートーベンを思うと、ブラームスはどうしても自らの死についても考えざるを得ない年齢になっていました。

今の時代を生きる自分に、いったい何が遺せるのか。

ベートーベン先生の代表的なテーマをひとしきり表現してしまった今、自分は何を描き忘れているのか、何を忘れていることにモヤモヤしているのか。

古典音楽の巨匠達との音楽の会話をしていたあるとき、とある曲の前で手が止まりました。
バッハの《シャコンヌ》(無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第2番)。

https://m.youtube.com/watch?v=vhOaS_Cy8_8&pp=ygUUYmFjaCBjaGFjb25uZSB2aW9saW4%3D

この曲をブラームスは以下のとおり評しているそうです。
「この曲の中には、人間のあらゆる悲しみと喜びが込められている。」

孤独。
人生。
別れ。
誇り。
ひとりで生きていくという覚悟。

そうだ。これしかない。伝えなきゃいけない、いまの僕の人生観。先生方が皆そうしてきたように。この長い人生が終わるときに何が見え何を感じるのだろうか。

ブラームスはそうして、自身の集大成とバッハ音楽のリブート(再解釈)というこのビッグプロジェクトに没頭していったのでした。

 

そんなブラームスが自らの集大成のつもりで紡いだ全4楽章からなる交響曲第4番とは!

ではここからは各楽章についてご紹介してまいります。

 

第一楽章:アレグロ・ノン・トロッポ(快活に、でも早すぎず)

ホ短調、古典的ソナタ形式を厳格に守った、構築美が光る楽章です。

しかし、ブラームスがここまで古典的なソナタ形式を厳格に守り、単純なモチーフを展開していくことにこだわったのはなぜか。

もちろんそれがこの世で最も美しいものの一つだから、ということはあるでしょう。しかし今ひとつ、ブラームスの心の奥底が鮮明に見えてこないということもポイントとして挙げられるように思います。ブラームスは美しく堅固なソナタ形式の蓑を被せて、本当に言いたかったことを最後のコーダに隠しておいたのです。

物語は、ずっと沈黙していたティンパニが登場する後半に動きます。心臓が「運命の鼓動」を打ち、段々と気持ちが抑えられなくなっていくのです。

…本当はすごく寂しいし、孤独だし、一人で生きるのは死ぬほど辛い。本当はみんなと笑い合いながら好きな人たちに囲まれて穏やかな最期を迎えたい。

……ひとりは、嫌です………。

しかし目に浮かんだ涙を拭って背中を向け、一瞬空を仰ぎ、大きく息をついて力強く前を向き、誇り高いホ短調で曲を終えるのです。

あぁ、ブラームスのおじいさん、そんなに自分を追い詰めて心を閉ざさなくてもいいんだよ、あなたの本当の気持ちを聞かせて、と思わず声をかけたくなってしまう、
そして「これがロマン派だよなぁ…」と感情移入せずにいられないのが、この第一楽章なのです。

 

第二楽章:アンダンテ•モデラート

ホ長調の緩徐楽章です。

冒頭ホルンと木管楽器による教会的な響きの後に奏されるゆっくりとした六拍子の音楽は、船を漕いで小波に揺られているような気持ちにさせてくれます。

日本でも死者が渡る三途の川は船に乗って渡ると言われていますが、ヨーロッパでも死後の精神の旅を「航海」と呼ぶことがあるそうです。
それは例えば、かの有名な映画シリーズ「ロード・オブ・ザ・リング」の最終章「王の帰還」で、ビルボがエルフに招待されて不死の世界へ船出する、というような場面に現れているかもしれません。

この楽章が「永遠の世界に向けた船出」を表しているのかは知り得ませんが、自身の死を見据えていたブラームスが死ぬ前に言いたかったことは、長い長い旅の最後に、温かい慰めと安らかな終わりがありますように、という願いなのかもしれませんね。

 

第三楽章:アレグロ・ジョコーソ(陽気に、快活に)

ブラームスにしては驚くほど明るく華やかで快活なハ長調のスケルツォです。

終楽章のテーマを際立たせるために第3楽章で正反対のものを描くというのはよくある手法で、終楽章の描いているものを考えると自ずと答えが見えてくるのですが、そうすると死について考えていたブラームスがこの楽章で描いたのは、有り体に言うと「生きる喜び」、あるいは「人生で楽しかったことの全て」というところでしょうか。
それでもベートーベンの交響曲第7番のような“ほとばしる”とか“煮えたぎる”みたいな抑えられない青春の衝動というよりかは、どこか地に足がついていて自制しているようにも聞こえます。それはブラームスの陰の部分なのか、ただ不器用なだけなのか、私たちには分かりませんが、私は不器用なブラームスの、精一杯の、等身大の喜びと解釈する方が愛らしくて好きです。

そうしたこの第3楽章の注目はなんといってもトライアングル。この色彩を意識したオーケストレーションはそれまでのブラームスの交響曲では異例とも言えるもので、ブラームス自身も「これはトライアングル協奏曲だよ」と冗談を言ったとも伝わっています。

ブラームス以前に交響曲でトライアングルを取り入れた作曲家は多くありません。ハイドンの交響曲第100番《軍隊》やベートーベンの交響曲第9番《合唱付き》はいずれもトルコ風行進曲の中で登場するに過ぎず、色彩的なアクセントとして交響曲に使ったのは恩師シューマンの交響曲第3番《ライン》が最初とも言われており、交響曲という音楽芸術において、あのブラームスがここまで色彩を意識するなんて!まるで彼のライバル、ワーグナーみたいじゃないか!と当時は驚きをもって受け入れられたそうです。

しかし一方で、ブラームスが楽しかったことを考えたときに、シューマン先生のことを思い出して作品にオマージュしてると考えるとすごく胸が熱くなりませんか?私には、早くに精神を病み病気で亡くなった恩師に対する「ありがとう」に聞こえてならないのです。そして先生と話すときは必ず、とびきりの笑顔でなければならないのです。

先生、お元気ですか。思えば先生の年齢も越え髭も皺もすっかりこの有様です。
最近、先生と奥様と過ごした楽しかった日々を思い出すことが増えました。夜ベッドに横になり一人になると、どうしても涙が止まらなくなる時があるのです。寂しくて、孤独で……僕はこの生き方で合っていたんでしょうか?

……先生?あぁ、先生にお会いしたいです。お話ししたいことが山のようにあるのです。でも今日はここまでにします。
先生、ありがとう。さようなら!またいつの日か!

 

第四楽章:アレグロ・エネルジコ・エ・パッショナート(力強く、情熱的に早く)

ブラームスが自らの集大成として作曲してきたこの交響曲第4番のフィナーレ(終楽章)で勝負してきたのは、バッハの時代(17世紀)の変奏曲形式であるシャコンヌ(パッサカリア)でした。ブラームスは交響曲にシャコンヌを取り入れた最初の作曲家となったのです。

シャコンヌといえば、最も著名なのはやはり先掲のバッハ作曲「 無伴奏バイオリンのためのパルティータ 第2番 二短調 BWV.1004 より《シャコンヌ》」。

ブラームスは、自身が最後に描いてみたかったことをシャコンヌに託し、偉大なるバッハ先生の芸術を現代に蘇らせる史上初の壮大な試みに挑戦したのです!

そこで主題(テーマ)に採用したのはバッハのカンタータ第150番「主よ、われら汝を求む」に由来する8小節の低音主題、これを30もの変奏で展開するのですが、この展開の仕方も先掲のバッハのシャコンヌとよく似た展開で、中間部に息を呑むような美しい慰めの長調のバリエーションを挟んでいます。ここで登場するのが、ベートーベン先生が「神の声」と呼び愛したトロンボーン。もう、どれだけ好きなんだよ、と思わずツッコミを入れたくなるほどの心の師へのラブレターです。

演奏によっても色んな解釈ができるこのフィナーレ、皆さんの心にはどのように響くでしょうか。

私の好きなジュリーニ×ウィーンフィルの演奏は私にこんな風に語りかけてくるのです。
「この先どんなに辛いことが起こっても、私は一人で生きていく。たった一人でね。それが私の誇りなのだから。それじゃあ皆さん、ごきげんよう。」
心を深く閉ざして誇り高く一人で生きていく覚悟を決然と、しかし一方的に締め括っているように感じさせ、とても心に迫ってきます。天涯孤独の50代男性が心を深く閉ざす時はこんな音がするのか、と身が引き締まるのです。まさにロマン派らしく自身をさらけ出した高貴な高貴なパープルゴールド。

トロンボーンによる神の声が慰めのコラールを歌った後は、人生が、残された時間が、先に逝った大切な人たちの声が、そして愛すべき生涯の友である「孤独」がめくるめくシャコンヌの変奏となって頭の中で自分を掻き立て急かし、ティンパニが鳴らす「運命の鼓動」とともに逃げも隠れもしない堂々たる主和音のホ短調で劇的に締め括るのです。

それはブラームスの諦観であり、誰にも邪魔されない精神の境地、言うならば彼が到達した男の生き様なのです。

あぁ、これ以上に悲しくもカッコいい男の人生の見せ方があるでしょうか。この高貴な紫色の、燻し銀のような渋みに、同じ男として惚れ惚れしてしまうのです…!

 

この交響曲第4番を作曲した後、ブラームスはこの交響曲第4番が自身の最高傑作だと言い、「もう言いたいことはすべて語り尽くしてしまった」と長く作曲をやめてしまいます。

それくらい、彼はこの曲で全てを言い切ったのです。自らの魂を賭けて。

ブラームスのこの内向きで劇的な感情表現に、聴く者としては寂しくもなりますが、彼はようやく全部言い切って満足できたのです。古典派に救われ魅せられ、常に正解を求め続けてきた自らの人生に、ようやく自分で納得できる答えを出せたのです。

だからブラームスのおじいさん、ありがとう、お疲れ様でした。あなたの芸術は150年後の日本の平凡な30代の男の子の中に、今もずっと輝き続けてるよと、いつか伝わりますように。

 

ブラームス作曲「交響曲第4番ホ短調作品98」。永遠に生き続ける心の師へのラブレター。それは辛く苦しい現世を生き続けていく覚悟を伝える大きな器となり。

皆さんの心にもブラームスのおじいさんの言葉が届きますように。

 

https://m.youtube.com/watch?v=z6yFtVc-5mA&pp=ygURYnJhaG1zIHN5bXBob255IDQ%3D

 

「聞こえる」(作詞・岩間芳樹、作曲・新実徳英)の世界!

 

皆さま、ごきげんよう

今回ご紹介するのは、合唱曲「聞こえる」(作詞・岩間芳樹、作曲・新実徳英)です。

今回は初めての試みです。歌詞のある曲、それも合唱曲のご紹介です。
歌詞のある曲を独自に解釈して楽しむって、難しいですよね。いや、独自に解釈は許されない行為なのでしょう。
だって、歌詞っていう答えがあるんですもの。

作者の意図が歌詞という形で明確に理解できる、その音楽の尊さを私なぞがどうやってお伝えできるのか。これは一種の実験です。皆様どうぞお付き合いください……!

 

さて、今回ご紹介する合唱曲「聞こえる」は、1991年(平成3年)第58回NHK全国学校音楽コンクール高等学校の部課題曲として作られました。

国際紛争や環境問題が連日テレビや新聞で取り上げられていた1990年代、特に天安門事件ルーマニア革命、エクソンバルディーズ号原油流出事故、ベルリンの壁崩壊、森林破壊などを背景に、世界中で起こっている事件や事故が「見えている、聞こえている、感じている」のに何もできないちっぽけな自分を嘆いている、高校生の等身大の悩みを描いています。

 

まずは岩間芳樹さんが書いた「聞こえる」の歌詞をご紹介しましょう。

 

「聞こえる」(作詞:岩間芳樹

鐘が鳴る 鳩が飛び立つ
広場を埋めた群集の叫びが聞こえる
歌を 歌をください

陽が落ちる 油泥(ゆでい)の渚
翼なくした海鳥のうめきが聞こえる
空を 空をください

歩み寄る手に手に花を
歳月こえて壁越しに「歓喜の歌」が聞こえる
夢を 夢をください

こだまして木々が倒れる
追われて消えた野の人の悲しい笛が聞こえる
森を 森をください

時代が話しかけている
世界が問い掛けている
見えている 聞こえている 感じている
だけど なにもできないこの部屋で
膝を抱いてひとりうずくまっている いらだち

教えてください 何ができるか
光っている道を心開いて歩いていきたい

何ができるか教えてください

 

………………

世界中には歌詞付きの音楽がたくさんあります。それは歌詞付きの音楽にそれだけ力があり、需要があるからとも言えます。

私もベートーベンの第九を歌ってみて初めて感じたのですが、パワーのある作品を歌うって、すっごく気持ちよくて、言ってみりゃ簡単にアガれるわけです。

しかしどういうわけか歌の歌詞って、それだけで読んでも、歌詞が自分の心にダイレクトに届いて自分のものになるには、もう少し時間がかかりそうな気がするんです。

この曲もそう。なんというか、歌詞だけ読んでみても、初めてこの曲を聞いたときに感じた感動が蘇って来ないのです。

それでは次に、この年の第58回NHK全国学校音楽コンクール高等学校の部で金賞(1位)となった安積女子高等学校の皆さんの演奏をお聴きください。

https://m.youtube.com/watch?v=EAgcYDl6SAM&pp=ygUV6IGe44GT44GI44KL44CA5a6J56mN

(映像が古いので少し気が散ります。集中して聞きたい方は音声のみ推奨です。)

 

……なんて繊細な感情表現なんでしょう。「歌を 歌をください」のなんと詩的なこと。囁くようでありながら、言葉がしっかりこちらに届いて、身体に染み込んでいく感じ。

そうか、そういうことが言いたかったのか!と一発で理解できる説得力が、そこにはあります。

そして何より、この曲の歌詞の持つ日本語の美しさは、高校生が等身大を表現してこそ粒立って輝くのだということに気付かされるのです。

 

しかし、自分ごとに置き換えてみても、大して共感できる内容の歌詞でもないのです。

だって私の高校時代といえばもっと、部活にのめり込み、友達や先輩後輩との人間関係に悩み、親の小言、受験をはじめとした先の見えない将来と戦うだけでいっぱいいっぱいになっていたはずで、

リーマンショックイスラム原理主義など世界のどこかで起きている、自分とは全く関係のない出来事だと思って過ごしていたはずなのです。
なのになぜ、こんなにも心を動かされるのでしょう。皆さん一緒に妄想してみましょう。

 

主人公の少女はどこにでもいる合唱部の真面目な女子高生、きっと朝の学校で聞こえてきたチャイムの音と飛び立つ鳩たちを見て、今朝テレビで見たニュースのことを思い出したのでしょう。

聞こえる……聞こえる……歌を奪われた多くの民衆の声が、テレビのニュース越しに、私の頭の中で。

 

当時の高校生の多くが自分ごととして捉えられなかったとしても、この曲の主人公の少女には聞こえているのです。

「時代が話しかけている」「世界が問いかけている」、その声が。
そして彼女は、高校生だった頃の私には聞こえていなかった「聞こえないふりをして、ひとりうずくまっている自分の、本当の心の声」を聞こうとしているのです。

「教えてください。何ができるか。」高校生の彼女がその言葉を口にできるようになるのに、どれだけの時間と勇気が必要だったでしょう。
そして「光っている道を心開いて歩いていきたい。」これが未熟な高校生の彼女に出せたギリギリの語彙だったのです。

そして結局、昨日までと何も変わらない明日がまた彼女に訪れることを知り、また膝を抱きひとり下を向いてしまうのです。

ここまで来ると、自分の高校時代を思っても全く共感できない悩みだったはずなのに、どうしてか涙が込み上げてくるのです。
何か、何か声をかけてやりたくなるのです。

僕だって、大人になった僕だって、結局何もできていない。今でもその助けを呼ぶ声が聞こえているはずなのに何もできていないよ、と。

 

でも、だから悩まなくて良いよ、と言ってしまって良いのか。
だって何もしなくていい訳じゃないことは誰もが感じてることなんですもの。

時には自分本位になって怒り狂う日だってある。自分なんか誰の役にも立ってないんじゃないかって悩む日もある。

でも明日は誰にも容赦なく訪れる。同じ様に誰かのために何もできない明日が。

しかし今の僕はもう、無力な自分を嘆いたりしないのです。
それは、自分が何者でもないことをあるとき悟ってしまったから。
大多数の人が、それが大人になるってことなんだと気付き、何かを諦めて生きていくんだと知ってしまったから。
でも、その他大勢の平凡な自分でも目の前にある今を必死に生きていけば、到達できる場所がきっとあるって願っているから。

何者にもなれなかった大多数の大人が、何者かになろうともがいて苦しんでいる高校生の姿を見て心を打たれる理由が正にここにあると言えます。

 

「目の前の今にぶつかって、力いっぱい悩んでみなさい」
大人になった私たちは、そう彼女に声をかけたくなってしまうのです。

レモンみたいにギューって絞って、でも何も出てこなくて、それでも絞って絞って、やっと滲み出てきたたった一滴にこそ価値があるのだと。

彼女に、いえ、本当は当時の自分に声をかけたくなってしまうのです。

「教えてください、何ができるか」。その答えを自力で見つけてみなさい、と。

 

(以上、拡大解釈&私見でした。)

 

さて、そんなメッセージを伝える「聞こえる」の世界、作曲という形で盛り上げているのが現代合唱曲の大家・新実徳英先生です。

 

この曲が音楽で語られる時に必ずトピックに上がるのが転調です。

ト長調で始まり、変イ長調イ長調と半音ずつ上がっていくことで気持ちが高まっていきます。切迫感なのか、焦りなのか。それは歌い手の解釈と表現次第。
嗚呼、音楽を解釈して表現するって本当に楽しい!

 

変イ長調の段「歩み寄る手に手に花を」からは合唱とピアノで主役が入れ替わり、合唱はオブリガート(対旋律、裏メロ)を、ピアノは主旋律を八分音符の刻みに変えてリズムの盛り上がりを演出します。

そして「時代が話しかけている」のところで誰にも一番馴染みの深いハ長調、最後は冒頭と同じト長調に戻り、結局何も変わらない自分の世界をピアノの優しい三連符と穏やかなハミングで嘆くのです。

 

舞台を一本見ているかのような目まぐるしい展開はコンクールの課題曲らしく技術審査のためという側面もあり、それが高校生の不安定で未完成な心の根っこと自ら動かなければ何も変えられない残酷なこの世界を見事に音楽で表現しているのです。

それでも決して短調にならない優しい世界観は、新実先生が大人の役割として高校生に用意した、「今のこの時代は大人の私たちに任せなさい」というメッセージなのかもしれません。

 

 岩間芳樹作詞、新実徳英作曲、合唱曲「聞こえる」。悩める少女に向けた、大人からのメッセージ。

君が大人になるまで、世界はきっと待ってくれる。だからいっぱい悩みなさい。いろんな声に耳を傾けてみなさい。この世界も案外悪くないって思える、その時まで。

ブランデンブルク協奏曲第6番(J.S.バッハ)の世界!

皆様ごきげんよう

 

今回ご紹介するの私が学生時代から大好きな曲、J.S.バッハ作曲の「ブランデンブルク協奏曲第6番変ロ長調(BWV1051)」です。

 

このブログ5つ目の記事にして、いよいよバロック音楽の大家バッハ大先生の登場です。(待ってました!!?)

 

皆さん、歴史はお好きですか?私は歴史の勉強、とても苦手でした。でも実際に存在した人が実際に何かを考えて行動したことをリアルに感じられたとき、急に大きな興味を伴って眼前に迫ってくる瞬間が、実はとても好きです。

 

さて、今回ご紹介するバッハが時代的に属するバロック音楽というと、大体が宮廷音楽か教会音楽。荘厳か、あるいは煌びやか。
しかしキリスト教の大昔の価値観を、現代日本に暮らす私たちが本当の意味で共感するなぞ、出来るはずもありません。

……でもどうしてでしょう。私にとってはどういう訳かこのバッハ大先生のブランデンブルク協奏曲第6番だけは、現代に通ずる「定番の結婚式ソング」に聞こえてしまうのです!

その理由はきっと、私が先日出席したとある結婚式で耳にした、あの素敵なエピソードのせい。そのお話は後のお楽しみです。

 

ではまず最初に、作曲者のバッハとこの曲についてご紹介しましょう。

ブランデンブルク協奏曲といえば、ピアノ協奏曲の元祖とも言われる最も有名な第5番、人類の最も優れた発明品としてアメリカの惑星探査機ボイジャーにも搭載された第2番など珠玉の名曲揃いで、それらの合奏協奏曲6曲を、編成の大きい順に並べたものであるとされています。

1708年から1723年にかけてバッハがケーテン公の宮廷楽長をつとめていた時代に、宮廷管弦楽団のために書かれたものと考えられており、この第6番は全6曲の協奏曲の中でも最初に書かれました。

 

1708年といえば、日本では第5代将軍徳川綱吉の時代。古い!その通りです。記録はほとんど残っておらず、作曲の経緯等も明らかになってはいません。

そもそもバロック様式とは、16世紀から18世紀にかけて繁栄した芸術様式全般のことを指すそうで、美術や建築、音楽界など多彩なジャンルで花開きました。

美術界ではカラヴァッジョやレンブラントフェルメールなど光の明暗を強調した少し大袈裟で演劇的な作品が多く、

建築の世界ではイタリアのサン•ピエトロ大聖堂など豪華な装飾や複雑な曲線と対称性を特徴とした名建築が多く残されました。

 

そんなバロック様式のバッハの音楽はというと、対位法やフーガの技法を駆使した「数学的」な音楽と言われることも多いのですが、
目を閉じて聞いてみると、なるほど確かに、チェンバロやトランペットなど煌びやかで豪華な面もありつつ、様々な楽器や旋律が、まるでスポットライトを浴びるように浮かび上がってくる、「演劇的」な演出もバロック様式の系譜を継いでいる様にも感じられます。

 

さて、そんな派手で劇的なバロックの時代にあって、この第6番はヴィオラ2丁、ヴィオラ・ダ・ガンバ2丁、チェロ1丁、および通奏低音ヴィオローネとチェンバロ)の6声部で編成されるという、バイオリンを含まない弦楽合奏は当時としてもかなり異色の形態でした。

「煌びやかで豪華」を特徴とするバロックの時代の宮廷貴族達にとって、弦楽合奏で「バイオリンを含まない」なんて…!という衝撃があったのだと思います。言うなれば主演不在。全員バイプレイヤー。そいつ(ビオラ)で本当に大丈夫……?

この曲が“地味”と揶揄される理由の一つが、正にそこにあると言えるのでしょう。

 

それではここで、先入観なくこの曲を聞いてみてください。(できれば動画のままご覧いただくことをオススメします!演奏者たちが目で耳で会話し合っている様子をお楽しみください!)

m.youtube.com

 

中低音楽器ならではの、深くて優しくて温かいアンサンブルと、包まれるような多幸感を楽しんでいただけたら何よりです。この曲が、300年以上前の貴族達の前で演奏されたのです。まさにこの動画のまんまの編成で。

歴史がありありと眼前に迫ってきませんか?ゾクゾクしますよね!

作曲したバッハは初演の夜に何を思ったのでしょう。初めて聴いた宮廷貴族達はビオラの優しい響きに何を感じたのでしょう。

 

ではここからは、各楽章について、私の主観たっぷりにご紹介してまいります。

第一楽章

中音域の美しい2本のビオラが奏でる明るく前向きな音楽です。

譜面を調べてみて初めて知ったのですが、実は冒頭から半拍遅れのカノンという、とんでもない芸当をやってのけていらっしゃいます。
これが見事に「数学的」にカッチリはまり、一篇の美しい詩となっていく様は、感動的と言うほかありません。

音楽自体に何かストーリーがある訳ではありません。モチーフを繰り返し、少しずつ姿を変えていくだけです。

しかしそれがまた、人と人との会話によく似ているのです。自分が見たもの聴いたことを、自分なりに考えて、相手に伝わるか試してみる。相手の言ったことにリアクションしてみる。ときに同調して、ときに言い合いになりながら。

器楽合奏(アンサンブル)の醍醐味はこうした「会話」にあると筆者は思います。言葉を使っているかの違いだけで、伝えたいことは会話と同じなのです。
今回バッハがビオラに託した会話は何だったのか、考えながら聞いてみるのも面白いかもしれませんね。

https://m.youtube.com/watch?v=1H5lIDrZwOU&pp=ygUeYnJhbmRlbmJ1cmcgY29uY2VydG8gNiBmYXNvbGlz

 

第二楽章

ブランデンブルク協奏曲、全六曲の中では唯一、中間楽章が長調という特殊な曲です。(バッハって本当に時代の何歩も先を歩いていたんですね!)
ビオラの優しい高音が、なんとも懐かしい気持ちを呼び起こしてくれ、温かい何かに包まれるような安心した気持ちにさせてくれます。

映像にするならそう、ゆっくり歩くようなテンポで、水辺でも見下ろしながら、のんびり2人で色んなことを語らっている様子が、私には思い浮かびます。演奏にもよるでしょうが、老夫婦が2人で経験したいくつもの思い出を振り返っているようにも聞こえるかもしれません。いずれにせよ、懐かしい思い出たちを2人で愛おしんでいるのです。

幼かったときの思い出、母の作る大好物の料理の味、仲良しだった友達は今頃どこで何をしているのだろう。ねえ、君は?君はどんな子供だった?

2人のゆったりとした会話は終盤、やがて短調になっていきます。でもこれは三楽章が長調で明るく楽しく始まるよ、という合図。

さあ、次は何の話をしようか。

https://m.youtube.com/watch?v=y-yUZaYUUNU

 

第三楽章

Allegroの三拍子で奏される第三楽章は、力強く明るい主題のテーマが印象的です。別のテーマが始まっても、すぐにこの主題のテーマに戻ってきて、最後もこのテーマで明るく締め括られます。

聞いているとなんというか、2人の見つめる未来を思い起こさせます。キラキラして希望に満ち溢れた未来。
僕たちはきっと、これから色んな困難にぶち当たるだろうけど、きっと、きっとまたここ(主題のテーマ)に戻ってくれば大丈夫。2人が笑顔で会話を続ける未来が見えるから、だから大丈夫。地味かもしれない2人だけど、2人でならどんなことも乗り越えられる。大丈夫、これからもきっと楽しいこといっぱいだよ!
そんな会話が聞こえてくるようです。

https://m.youtube.com/watch?v=RT775wOwMxs

 

 

長々と(かなり主観的に)曲の紹介をしてまいりましたが、私にとってこの曲が幸せな2人の会話に聞こえてくるのには先述のとおり訳がありまして……

 

数年前、私はとある結婚式に出席していました。都内の有名な豪華ホテルながら、コロナの影響で小規模なお部屋で少人数での会、それでも決して背伸びしない彼ららしい、とても素敵な会でした。

その結婚披露宴で、新郎新婦の登場曲として使われたのがこのブランデンブルク協奏曲第6番の第1楽章でした。

派手さの少ない、むしろ地味めなオープニング。しかしこの選曲に込められた新郎の思いを聞いて、私はハッとすることになるのでした。

 

ではここで、再現できるか分かりませんが、新郎新婦登場後の新郎挨拶をご紹介したいと思います。(筆者によるアレンジあり、新郎了承済み)

 

(中略)

今回、登場曲にはバッハ作曲の「ブランデンブルク協奏曲第6番」を選びました。この曲は、オーケストラでは脚光の浴びにくい、言ってみれば「地味」な楽器であるビオラにスポットライトを当てたとても珍しい編成なのですが、

2本の美しいビオラが、時にユニゾンで、時にハーモニーを、またある時は明るく長調で歌い、ある時は悲しく短調で嘆く、渋くて深くて優しい、とっても素敵な曲です。

彼女との結婚が決まってからこの曲を聞いたあるとき、全く違う聞こえ方をしてきたことがありました。ああ、このビオラって私たち二人のことなんだ、と。

地味かもしれない私たち2本のビオラですが、
ときに同じ旋律を弾いて、
ときに片方がハモりを利かせ、
ときには片方の呼ぶ声に答え、
ときに長調になり、
ときには短調にもなりながら、
渋くて深くて優しい音楽をずっと2人で奏でていきたい、そんな結婚生活を目指していきたいと思うようになりました。

 

そして、この曲で大切な役割を担うのがチェロです。チェロはときに伴奏を担当しながらも、ときに最前面に出て2本のビオラと絡み合い、この曲を大変に盛り上げてくれています。

私たち2本のビオラにとってこのチェロこそ、本日お集まりいただいた友人ならびに親族の皆さんです。

地味な伴奏楽器なんかじゃない、要となるかっこいいチェロ。私たち2人にとって皆さんこそそんな大切な存在なんだということを今日はまずお伝えしてから、この会で少しずつ感謝をお伝えしていければと思っています。

(中略)

 

 

………いかがでしょうか…!

ステキな解釈です。私にはもう、それ以来このブランデンブルク協奏曲第6番が「2人の結婚生活(married life)」にしか聞こえなくなってしまいました。

 

ディズニー•ピクサー映画「カールじいさんの空飛ぶ家」がお好きな方には、こちらの方がわかりやすいかもしれません。(大好きな映画!)

https://m.youtube.com/watch?v=2rn-vMbFglI

あの映画をご覧になった方には、この音楽だけで目に涙が溜まってくる方もいらっしゃることでしょう。私にはこのブランデンの6番がまさにそうなのです。

 

絶えない笑顔の側にあり続ける、2人の大切な会話の時間。同じ未来を見つめる若い2人の、キラキラした語り合い。
そして2人を支えてくれる大切な人たち。

 

結婚生活とはどういうものなのか、こういう会話こそが長続きの秘訣なのかもしれませんね。

 

J.S.バッハ作曲「ブランデンブルク協奏曲第6番」。幸せな2人の結婚式と末永い幸福を祈って。

大仏と鹿(酒井格)の世界!

皆様ごきげんよう!お久しぶりです。

 

今回ご紹介するのは、邦人作曲家による吹奏楽曲、酒井格作曲の「大仏と鹿」です。

この曲は、私のミュージックライフにおいてターニングポイントとなった曲でもあり、今でも好きな吹奏楽曲No. 1の大切な曲なので、皆さんにも是非聞いていただきたく、筆を取りました。

https://m.youtube.com/watch?v=BzZBF3JjTdE&pp=ygUM5aSn5LuP44Go6bm_

 

曲の背景や構造について詳しくお知りになりたい方は、作曲者自身が記した以下のサイトをご覧いただければと思います。
http://ismusic.road.jp/works/deer.html

 

が、今回はこのブログらしく、私の主観と妄想たっぷりにこの曲をご紹介できればと思います。

 

吹奏楽の世界というのはとても奇妙で面白いものです。(筆者の主観です)

やれクラシックの編曲だの、やれポップスの編曲だの、やれジャズの編曲だのと、あらゆるジャンルを演奏できる機会が多い代わりに、残念ながらどれも「コピーのニセモノ」というジレンマがあります。(筆者の主観です!)

では吹奏楽の、ニセモノじゃないオリジナル曲はというと、「流行り・廃り」や「演奏効果」が大きな意味を持ち、お金のある上手い団体が作曲家に曲を委嘱し、作曲家は演奏効果の高い「流行る曲」=「売れる曲」を書く、そんな構造になっています。(筆者の主観です!!!)

 

このブログでこれまで紹介したどの曲とも曲の成り立ちが違います。そもそも作曲家は、自身の精神性などを自発的に表現しようとはしていないのかもしれません。現代日本で委嘱元のオーダーに作曲で応えるというのは、それほど厳しいお仕事なのです。

 

 

さて、作曲者の酒井格さんは1970年生まれの大阪府出身の54歳、「たなばた」「おおみそか」「森の贈り物」の作曲者といえば、吹奏楽を嗜む方ならピンとくる方も多いのではないでしょうか。2024年度の全日本吹奏楽コンクールの課題曲Ⅲ「メルヘン」でも注目を浴びる、日本の吹奏楽作曲家の重鎮の1人です。

私が思う酒井格作品の特徴は、キャッチーなメロディにポップな響き。吹奏楽の弱点でもあったある種の「ニセモノっぽい軽薄さ」を逆手に取り武器にまでした、吹奏楽ならではの響きをとても魅力的に聞かせてくれる点だと思っています。

そして、こういう吹奏楽オリジナル曲を作ってくれる作曲家は、海外には(私の知る限り)ほとんどいないのです。

また何と言っても酒井格作品は吹いてて楽しい!これに尽きます。

 

さて今回ご紹介する「大仏と鹿」は、そんな酒井格さんが28歳のとき、1999年に創立40周年を迎えた奈良県吹奏楽連盟からの委嘱で、1998年に「若草山のファンファーレ」と共に作曲されました。

曲は委嘱元から提示された「7分以内」という制限の中で、奈良の人々のテーマ、奈良の街のテーマ、大仏のテーマ、子鹿のテーマの四つのテーマをそれぞれに変奏・融合させて展開されます。

 

皆さんは奈良の街にどんなイメージをお持ちでしょうか。

「奈良」。私はとても好きな街です。

悠久の歴史を伝えるいにしえの都というイメージが先行しますが、
実は奈良県庁やJR奈良駅舎、奈良ホテルなど街のあちこちに近現代の名建築が立ち並び、
でも京都ほど街全体が都会化されすぎてもいない、ゆったりと時が流れるとても素敵な街です。

しかしやっぱり、確かにそこに神様や仏様がいるんだなと感じる「神様的生活感とスケール感の街」、そんな呼称がお似合いな気がします。どうしても奈良は、神様の住処なのです。

 

私が初めて奈良を訪れたのは中学の修学旅行でした。最初の印象は「何もなくてつまらない」。

何しろスケールが大きく、余白の多い街なのです。

古都京都にはあった、ある種の「スピード感」のようなものが奈良には感じられず、 東京で育った幼い魂には退屈に感じられたのでした。

やがて社会人になり関西に住んでいたあるとき、ふと思い立ち、再び奈良を訪れようと思ったことがありました。

大量の観光客と鹿たちを横目に、
東大寺春日大社にお参りをして、
柿の葉寿司をお昼ご飯に買い、
春日大社の長い参道の途中にある奈良公園の木陰のベンチにひとり腰かけ、
そよぐ春風を感じながら群ようこさんの本を読み、
ふと顔を上げると遠くで鹿たちが木陰でのんびり集まって休んでいるのが見えたのでした。

……思わずため息が出たのを覚えています。
……あぁ、なんて贅沢な時間……
それは、これまでに感じたことのない種類のステキな感情でした。

 奈良の街の持つ「不思議な余白」で心が満たされるのを感じ、ただ、奈良が好きだと、幸せな気持ちでいっぱいになったのでした。

 

 

奈良の魅力って歴史だけじゃなく、きっとこういう所にもあって、
奈良に住むって、きっとこういう余白に満たされるってことでもあって、
それは決して無価値な「空白」なんかじゃなくて、
だから奈良の人ってきっと、魅力的な方ばかりなんだろうなぁと、
そんなことを考えたりして、ひとり微笑みを浮かべていた私なのでした。

 

 

さて、それでは曲の紹介に戻りましょう。

作曲者ご本人の曲紹介にもあるとおり「活気に溢れた奈良の街に、夜が来て、そしてまた朝がやってくる。」というストーリーになっています。

心情的な表現は少なく、4つのテーマが入れ替わり立ち替わり登場し、奈良をお祝いする祝祭的な雰囲気が特徴です。

言うなればそう、酒井格流の「祝典序曲」です。

祝典序曲といえばショスタコーヴィチでしょうか。
https://m.youtube.com/watch?v=Z4GE2SiFaSM&pp=ygUo56Wd5YW45bqP5puyIOOCt-ODp-OCueOCv-OCs-ODvOODtOOCo-ODgQ%3D%3D
でもそれはまた、別の機会に。

 

活気に溢れた街と人々、もはや街の一部となっている、神の使いとも言われる可愛らしい鹿たち。そして同様に街の一部となっている大仏を始めとした歴史的建造物の数々。

 

作曲者が夜の描写といった中間部は、大仏殿の中に入った瞬間のひんやりとした空気感と、荘厳な、でも大仏様の慈愛に満ちた優しい眼差しを感じさせます。

その様はまるで、屈託のない無邪気な子鹿が「ねえ大仏様、どうしてお月様はあんなにまあるいの?」と問いかけ、
大仏様がそれに「お空は全部神様のものなんだ。神様は角のない丸い形がお好きなんだよ、あのまあるいお月様のようにね。さあ、みんなの所におかえり。」と優しく答えているよう。

みんなが寝静まった夜の間だけ繰り広げられる大仏様の優しい子守唄。これこそが本当の「大仏と鹿」なのかもしれません。

 

やがて夜は明け、ホルンによる「大仏のテーマ」が朝を告げます。街に陽が差し、家々から朝ごはんの香りがしてきます。

お米を炊く家、
トーストを焼く家、
お仏壇にお供えをして鈴を鳴らす家、
奈良に暮らす人々の朝の風景。それは、どんなに時が流れても変わらない、人間たちの大切な朝の営み。

 

そしてソナタ形式の再現部のように回帰する冒頭の「奈良の人々のテーマ」と「子鹿のテーマ」。この「帰ってきた」感、その喜びと言ったら!

そこからはもう、言うに及ばぬ祝祭の雰囲気です。

金管楽器による「大仏のテーマ」を合図に、ファンファーレが鳴り響き、若草山からは爽やかな風が街中に吹き渡り、興福寺東大寺では一斉にお花たちが目を覚ますのです!

鹿たちは楽しそうに駆け回り、大仏様は心なしかいつもより嬉しそうに微笑みを浮かべているように見えます。
大好きなあの奈良の街が、昨日よりもっともっと魅力的に輝いて見えるのです!

 

 

 酒井格作曲「大仏と鹿」。

また初夏の奈良を訪れたくなりました。
是非、皆様の心の中にある奈良の思い出を振り返りながら、楽しんでお聞きいただけたら幸いです!!
https://m.youtube.com/watch?v=BzZBF3JjTdE&pp=ygUM5aSn5LuP44Go6bm_

弦楽四重奏曲第6番(F.メンデルスゾーン)の世界!

皆様ごきげんよう!(お久しぶりです。)

今日は最近好きでよく聞いている曲をご紹介しようと思います!メンデルスゾーン作曲「弦楽四重奏曲第6番ヘ短調 作品80」です。

 

ごめんなさい、「おカタい純クラシック曲」ばかり紹介してしまって。
でも、やっぱりクラシック曲には、ぜひ聞いて共感してもらいたいテーマがあるんです。とても純粋な、人間の心の動きが。

 

例えばそう、
「若くして亡くなってしまった大切な誰かを偲ぶとき、人は何を考え、自らの人生に何を思うのか。」

 

自身に起こった悲劇に際し、このテーマと向き合い作品に昇華したのがフェリックス・メンデルスゾーン
彼はクラシック史上に残る稀代のメロディ・メーカーで、東の横綱・歌曲王シューベルトと並んで西の横綱と称されることもあるそうです。

まずは、そんなメンデルスゾーンの代表曲、歌曲「歌の翼に」をお聞きください。

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ああ、なんという美しさ!

流麗で、上品で、洗練されていて、無駄がない感じ。これこそメンデルスゾーンの真骨頂なのです。

その才能は、序曲「フィンガルの洞窟」や交響曲第3番「スコットランド」など、特に風景を描いた作品で開花し、一方で「風景画家」「上品ゆえに中身が薄い」と揶揄もされてきました。

 

さて、今回紹介する「弦楽四重奏曲第6番ヘ短調 作品80」は、そんなメンデルスゾーンの作品群にあって、ひどく内面的で感情的な、かなり異色の作品です。

 

それではまず、作曲者のフェリックス・メンデルスゾーンの生涯についてお話ししましょう。

 

メンデルスゾーンは、貧しい幼少期を過ごした多くの偉大な作曲家と違い、裕福なユダヤ人の銀行家の家庭で育ちました。

時代は1800年代のドイツ。私たち日本人には分からない歴史観ですが、「ユダヤ人の銀行家」というだけで差別・迫害された時代でした。

恵まれた環境ながら、生きにくかった幼少期、フェリックスは、自然と同じ音楽の道を志した姉ファニーのことを慕うようになり、姉ファニーもまた、弟フェリックスを可愛がるようになります。

 

ー2人が築いた姉と弟の絶対的な姉弟愛ー

どんな差別や苦しみも一緒に乗り越えてきた二人には、他の誰よりも共に時間を過ごし、他の誰よりもお互いを理解し、他の誰よりもお互いを想っている自信がありました。
二人は最初から、音楽で繋がっていたのです。血縁だけでなく。音楽で会話し、音楽で心を通わせる。
この悪意に満ちた芸能の世界を生き抜く上で、それがどれほどの心の支えとなってくれたでしょうか。

後に姉も弟もそれぞれ結婚するのですが、それでも姉弟の愛は変わらなかったと言います。

二人だけの姉弟愛、二人だけの世界。それはもはや自分の一部。そして永遠に続くもの。二人とも、ずっとそう信じていました。

 

さて、時は流れ神童として名を馳せた弟フェリックスは指揮者•作曲家として成功して名声を手にし、気付けば38歳になっていました。

1847年5月のある日、そんな売れっ子になった多忙な弟のもとに、ある知らせが届きます。

……それは、姉ファニーの突然の訃報でした。
脳卒中、演奏会に向けて弟の作品をリハーサルしている途中の、突然のことだったそうです。

 

…………………

38歳の若い魂が受けたショックはどれほどだったでしょう。
どんなに音楽で語りかけても、もう姉から返ってくるものは永遠にないのです。
それはまるで失明や失聴のような、自分の一部がなくなってしまうような感覚。二人だけの絶対不可侵の安全領域が永遠に失われてしまった瞬間でした。

「音楽のことを考えようとしても、まず心と頭に浮かんでくるのはこの上ない喪失感と虚無感なのです。」

フェリックスはあまりの心痛に作曲もままならなくなってしまいます。
弟に連れられスイスを訪れた7月、何日も山を徘徊した後、今度は何日も部屋に閉じこもり、そうして9月に完成させたのが、この弦楽四重奏曲第6番なのでした。

 

大切な人を失い、喪失感と虚無感のなかで稀代のメロディ・メーカーが遺した室内楽曲。

風景画家が描いたこの上ない心痛は、果たして何色だったのでしょうか。

ここからは、各楽章についてご紹介いたします。

※100%筆者の主観です。かなり脚色していますので真に受け過ぎないでください!

 

第一楽章

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チェロとビオラの掻きむしる様な激しいトレモロで幕を開けます。
これが本当にあの、「歌の翼に」のメンデルスゾーン

その様は「激しく取り乱している」とだけでは言い表せない狂気的な何かを感じます。

例えばそれは、黒い鉛筆を雑に握りしめ、真っ白な紙をグチャグチャに塗り潰している様な狂気。

しかし前述のような曲の背景を知ると、「狂気」に思えたものは「深い悲しみ」なのだと知ることができます。

力のこもった手元とは異なり、その目は虚空を見つめている。
そうして心に空いた穴を埋めるみたいに真っ白の紙を塗り潰し続けていないと、まぶたから滲み出る涙が、きっと溢れ出してしまうから。

 

しかし中盤、半音ずつ上がっていく音形に、ついに胸は張り裂け、心は絶叫し、もうどうにも止めどなく涙が溢れてきてしまいます。
バイオリンの高音による絶叫はあまりに痛々しく、ストレートな感情表現で聞く者の耳に、心に深く突き刺さります。

心を支配するこの”何か”が、「悲しみ」とか「絶望」とか、そんな陳腐な言葉で片づけていい訳ない。でも結局、どうしようもなく悲しいし、死ぬほど辛い。本人にも、何が何だか分からないのです。ただただ心が乱れ涙が溢れてくる。
コーダに入るとテンポを上げ、心のシャッターを閉じてしまうように、混乱と絶叫のなか一気呵成にピシャリと曲を終えてしまいます。

どうやらまだまだ、この段階の人には他人の声は届かないようです。あなたなら、この状態のメンデルスゾーンに、何と声をかけますか?

 

第二楽章

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第一楽章と同じヘ短調で、流れる様に第二楽章が始まります。
不安にさせるシンコペーションのリズム、半音ずつ上がっていく伴奏、メンデルスゾーンとは思えない単純なモチーフ。

ああ、このよく分からない焦りと絶望感は何だ。

でも第一楽章のような、激しい絶叫はありません。
一方で、いなくなった姉を偲ぶ心の余裕もない。
何かが過ぎ去って行くのを、ただ耐えて待っているだけ。

最後には、疲れ果てて、言葉もありません。
ひとり下を向いて、歯を噛み締めて、ただ耐えているのです。
ああ、可哀想に。ただただ気の毒で可哀想な第二楽章です。

 

第三楽章

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変イ長調アダージョです。この曲が「姉ファニーへのレクイエム」と言われる所以でもある大事な楽章です。

さて、ここまで二つの楽章で自分を見失いつつ心の内を赤裸々に告白してくれたメンデルスゾーンですが、ようやく姉との思い出に心を寄せ、天国の姉に向けた気持ちを吐露してくれます。

亡くなった人と向き合う心の準備ができたとき、人は何を伝えたいのでしょうか。

「今までありがとう。」という感謝なのか、
「どうして死んじゃったの。」という怒りなのか、
「私を置いていかないで。」という悲しみなのか。

それを表現するのは作曲家というよりは演奏者の方なのですが、今回の演奏者である「Quatuor Ébène」の皆さんは本当に色んな感情を見せてくれています。

 

姉の写真を前に、ひとり静かに語り始めた弟。
楽しかった家族の思い出、いつも自分の一歩前を歩いていた姉のカッコよさ、生前は恥ずかしくて言えなかったことも思い出して話しているうちに、
スビト・ピアノで姉がもう帰らぬ人となってしまったことを改めて思い出し、“悲しみの”涙が溢れてしまいます。

ねえなんで!どうして死んじゃったんだよ!僕は...僕はこれからどうすればいいんだ……

……ちがう!そんなことが言いたかったんじゃない。そうじゃない…そうじゃ……

心を落ち着けて主題が2周目に入ると、涙でぐちゃぐちゃになった顔のまま、でも努めて笑顔のまま、感謝の気持ちと姉の安らかな眠りを祈るのです。

「ありがとう。……ずーっとずっと、大好きだよ、姉さん。」

 

第四楽章

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ソナタ形式のフィナーレです。シンコペーションのリズムモチーフが曲の最後まで貫かれているのが印象的です。

さて、姉の安らかな眠りを祈ることができたメンデルスゾーンは、フィナーレで何を描くのでしょうか。

(本当のところは分かりませんが)
それは「姉亡き後の、この先の私の人生」ではないでしょうか。

 

姉亡き後も、音楽家として生きていかなければならない弟。しかし「音楽のことを考えようとしても、喪失感と虚無感しか浮かんできません。」という弟。

頭の中で響いていた幸せな日々のあの美しい旋律を奏でる小鳥たちは、もう二度と戻って来るとは思えませんでした。

何しろ、姉さんはもうこの世に、僕の近くにはいてくれないんだから。

 

一楽章にあった狂気的な叫びでもなく、
二楽章にあった正体不明の焦燥感でもなく、
三楽章にあった祈りでもない、新たな感情。

 

ふと避暑先のスイスで外を見ると、あのリストも描いた「スイスの夕立ち」、物凄い豪雨と稲妻が目に耳に入ったかもしれません。

 

姉さんのいない世界なんて……絶望だ…

違う。僕は大丈夫なんかじゃない。姉さんを思い出になんかしたくない。僕は全然ひとりでも大丈夫なんかじゃないんだ!

 

中盤からフィナーレにかけて、感情は昂ぶり、閃光が走り、雷鳴が轟き、テンポはどんどん上がり、「もうどうすれば良いかわからないし、誰にも分かってもらえなくて良い」と言わんばかりの決然としたヘ短調で、再びピシャリと心のシャッターを降ろして曲を終えます。

 

さて、この状態の人に私たちは何と声をかけてあげれば良いか。悩みどころです。

だって、時間をかけて本人が気持ちを整理して事実と向き合うしかないのです。

 

しかし、メンデルスゾーンはこの曲完成の2ヶ月後、1847年の11月4日、姉ファニーと同じ脳卒中で姉の後を追う様にして38歳の若さで亡くなってしまうのです。

「疲れたよ。ひどく疲れた。」と言い遺し。

 

なんと残酷な運命。

ここまで知って聞いてみれば、きっともうあなたも、メンデルスゾーンとこの弦楽四重奏曲第6番の虜のはず。

 

「若くして亡くなってしまった大切な誰かを偲ぶとき、人は何を考え、自らの人生に何を思うのか。」

メンデルスゾーンが出せなかったこの問いへの皆さんの答えを、是非私にもいつか教えてくださいね!

交響曲第5番(シベリウス)の世界!

 

皆さんごきげんよう

 

さて、今回ご紹介するのはシベリウス作曲の交響曲第5番変ホ長調作品82です!

 

待って!行かないで!自然を愛するアナタや北国を恋しく思うアナタなら、きっと好きになってくれるに違いないのです!

交響曲だからって、全てが分かりにくくて退屈なわけではありませんから!!

 

 

かく言う私も、「シベリウスは掴みどころがなくて難解」みたいなイメージをずっと持ってて、演奏する機会もなくて、シベ2とシベコン以外はずっと聞きもせずにここまで来ました。

 

しかし今年の春、ひょんなことから初めてこの曲を聴きました。

 

何この感じ。曲中30分間続いた、この予感。

あ、僕、恋をした、って思いました。

 

ですから一度だけ、ご紹介だけさせてほしいのです…!そして、一度だけ、聞いてみてほしいのです…!

 

 

シベリウスは1915年、自らの生誕50周年祝賀演奏会のために、この曲を作曲しました。Wikipediaによると、この交響曲を作曲中の1915年4月、散歩の途中で近づいてくる春の気配にこの交響曲のインスピレーションを得たことを書き記しているそうです。

 

 

春の気配。

日本に住んでいる私たちにとっての春の気配といえば、何があるでしょう。

梅の香り、たけのこ、色づき始めた桜の花。隣の学校から聞こえてくる卒業ソングの練習の声、ひな祭り、眠気を誘う春の陽気。

と、えも言われぬワクワク感。新生活の気配。

 

 

 

しかしシベリウスが目にした光景は違いました。

 

「空を羽ばたく16羽の白鳥の群れ」

あまりの感動に、シベリウスは「人生の中でも素晴らしい体験の一つだった!」との言葉を残しているそうです。

 

シベリウスの言葉です。

「日はくすみ冷たい。しかし春はだんだん近づいてくる。今日は16羽の白鳥を見ることができた。神よ何という美しさか。白鳥は私の頭上を長いこと旋回して、くすんだ太陽の光の中に消えて行った。自然の神秘と生の憂愁、これが第5交響曲のテーマなのだ。」

 

…………………………

フィンランドの冬は、それは厳しいものなのでしょう。日本人の私たちには想像もつきません。

緯度の高いフィンランドの冬は、極夜といって、一日中太陽が上らない地域もあるそうです。(いわゆる「白夜(びゃくや)」の反対です。)

これが相当人々の気を滅入らせるそうで、鬱の症状を発症する(越冬症候群、季節性感情障害)方も多いんだとか。

一日中薄暗くて、寒くて、気だるくて、眠気が支配する冬。東京に暮らす私たちの想像を絶する不毛の季節です。

 

そんなフィンランド人のシベリウスが目にした春の気配とは。

何ヶ月も待ち侘びた朝日の光。雪解け水、ふきのとう、冬眠から目覚める動物たち。

河辺の熊、葉を伝う露。雪の中から姿を現した森の土。

ブワっと舞い上がる春の強い風、森の木々の嬉しそうなざわめき。

そして、太陽に向かって飛び立っていく16羽の白鳥たち。

 

 

フィンランドの冬を知るシベリウスにとって、これ以上に神々しく感動的な光景は世界中どこにもないのでしょう。

自らの誕生日をお祝いする題材として、これほどぴったりで心踊る題材はない、そう思ったとしても、何の疑問もありません。

 

そんなことに思いを馳せながら、是非一度聴いてみてください。

 

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ではここからは、各楽章をご紹介していきます。

 

 

第一楽章 

初稿の段階では第一楽章、第二楽章としていたものを改訂し融合させたものだそうで、ソナタ形式の前半、スケルツォの後半から構成されます。

冒頭、ホルンによる牧歌的な問いかけに、木管楽器群が答えます。

木管楽器は英語で【woodwinds】と訳されるのですが、まさに、ホルンが鳴らした春の鐘を、木管楽器が爽やかな春風(winds)となって国中に届けている様が浮かびます。みんな、起きて!春だよ!そんな声が聞こえてくるようです。

その様子は、血が一気に全身に巡っていく感じというか、視界が一気にフルカラーになっていく感じというか、温かくて嬉しくて、安心感に満ち溢れた気持ちにさせてくれます。

 

暖かくて柔らかくて、でもどこか神秘的な物語の終盤に登場する、トランペットの低音によるファンファーレ。

私はこれを聞いて、海上自衛隊旗(旭日旗)のような神々しい太陽の光を想起していました。

 

少しずつ昇っていく弦楽器の分散和音に、山々から漏れ出る真っ直ぐな朝日の光は湖に反射してキラキラと揺れ、それはもはや西風の神ゼフィロスがもたらす柔らかな春の気配などではなく、仏様の後光のような有り難く神々しい光。

そして華々しく感動的な4音で第一楽章を結ぶのです!

 

第二楽章

変奏曲の形式による緩徐楽章です。主題を6回変奏させて進行します。

交響曲第5番の、第二楽章で、変奏曲。といえば………そう、ベートーベンの「運命」です。そういえば第一楽章終結の4音も、運命の動機に似てるような……?

クラシックを知ってくると、そういう所が勝手に繋がって「エモ」や「胸熱」が何倍にも広がっていくんですよね!

ちなみに(酔っ払う前の)オーケストラのメンバーはこの手の話が大好きです。

 

さて、第二楽章のお話に戻りましょう。

第一楽章が、湖と山々越しに臨む、朝日の堂々たる日の出だとしたら、第二楽章はもっとグーーンとミクロの視点のように感じます。

舞台は針葉樹の森。葉っぱを伝う雪解け水が地面や池に垂れ落ちるような、軽快で瑞々しいビオラ・チェロのピチカートから物語はスタートします。

日は高くのぼり、
木漏れ日は優しく大地の雪を溶かし、
凍った河川は雪解け水により流れを少しずつ増やし、
その河辺には冬眠から目覚めた熊やトナカイが水を飲みに集まり、
冬という病に蝕まれた森は、少しずつ生気と活気を取り戻していくのです。

なんて事のない、フィンランドの森の平安に満ちた春の1日。それがこんなにも美しく、愛おしいなんて。そんなシベリウスの幸せなため息が聞こえてくる様です。

そしていつまでも続くかに思えた変奏曲は、オーボエのソロにより、とってもチャーミングなスタッカートで、突然終わりを迎えます。それはまるで、森を眺めるシベリウスの、春のうたた寝という最高に幸せな結末。

 

 

 

第三楽章

冒頭から疾走感が印象的なフィナーレです。

このティンパニと弦楽器のトレモロによる始まりを聞いたとき、炭酸飲料のCMでよく見るような、真正面からの風に前髪が揺れるのを感じました。
ブワッと舞い上がる、春の強風。

 

ミクロの視点から、森を駆け抜ける風の視点に変わります。

木々を揺らし、葉っぱや砂を舞い上げ、やがて風は鳥たちを乗せて、あの感動的な日の出を見せてくれたこの湖へと辿り着きます。

 

そう、それがシベリウスに「人生の中でも素晴らしい経験」と言わしめた、あの16羽の白鳥たち、というわけです。

フィンランド人にとって、白鳥は特別な鳥なのだそうです。それはもう、国鳥に指定してしまうほどに。

白鳥は渡り鳥で、南方で冬を越し、春になると北国のフィンランドに帰って来ます。そしてフィンランド人は、春が来てあの優雅な白鳥が我が国に帰ってくるのを心待ちにしているのだそうです。

 

鐘の音を想起させるホルンの跳躍のフレーズに、木管楽器とチェロが印象的なオブリガートを乗せて、16羽の白鳥たちはこの国へと帰ってきたのです。

何という感動的な光景でしょう……音楽からも、その喜びが伝わってきます。

 

ちなみに、この交響曲第5番は、第4番の作曲前に直面していた癌による死の恐怖から解放された喜びを反映しているとも言われており、精神的冬が終わり春になった、白鳥たちが帰ってきてくれた、とも解釈できるかもしれませんね。

 

春の気配、喜びの予感。

あの風は、きっと何かが始まる合図。

シベリウスの生誕50周年を、フィンランド人になりきって、一緒にお祝いしてみませんか?

 

Sibelius: 5. Sinfonie ∙ hr-Sinfonieorchester ∙ Daníel Bjarnason - YouTube

交響曲第2番(ラフマニノフ)の世界!

皆様はじめまして!ごきげんよう

実はワタクシ、趣味でオーケストラをやっておりまして。先日の演奏会でちょろっと書いたラフマニノフ交響曲第2番の曲紹介を読んでくれた友人がフルバージョンも読みたい!てかもっと色々読んでみたい!と言ってくれまして。

それがとっても嬉しかったのです。

というわけで、これからクラシック、ミュージカル、映画、ポップス、ワタシの心の鐘を打ってきた色んな音楽を、演奏会の曲紹介の体で遺していくことにしたよ!

 

 

ネットで得られるレベルの知識を妄想で大いに補完して独自に咀嚼しておりますので、音楽理論や通説についてはほぼ無視しております!のでプリーズご容赦。

 

 

さて、記念すべき初回はこのブログのきっかけとなったこの曲。ラフマニノフ交響曲第2番ホ短調 作品27。ロシア交響曲の傑作です。供養のつもりで書いてます…!南無!気に入ってもらえると嬉しいなぁ……!

 

 

 

 

 「きのう、ヴィヴァルディ先生が亡くなったと、アンナ・マリーアが泣きながらわたしのところへ来た。」

とは、直木賞作家・大島真寿美さんの著書「ピエタ」の冒頭です。まるでヴィヴァルディの美しい音楽が聞こえてくるような静かで豊かな表現、ヴェネツィアの美しい街並みを感じられる細やかな筆致のことを私が思い出したのは、数年ぶりにラフマニノフ交響曲第2番と向き合った時でした。

 嫌い、でもやっぱり好き。どうしよう。怒ってる、でも嬉しい。なんて言おう。素直に言いたい、でも言えない。懐かしい、でももう戻れない。

そんな湧き上がる感情が、揺れ動く感情が、時に手紙のように他人行儀に、時に訴えかけてくるように激しく、時に少年のように無邪気に、私たちに語りかけてくるのです。

 


 作曲と執筆とは、本質は同じなのかもしれません。それならこの物語の導入はそう、さしずめ、こんなところでしょうか。

 「奥様、ラフマニノフ先生からスコア(楽譜)が届きました。これは…先生からのお手紙なんでしょうか……」

 「まあ先生ったら、うっとりする様な、長い長い夢を見ていらしたのね。」

 


 このラフマニノフ交響曲第2番はコントラバスとチェロによる、印象的な語りによって始まります。皆さんにはどんな情景が見えてくるでしょうか。

 

 例えばこう。寒い冬の日の薄暗いロシア正教会。祭壇からは荘厳な男声合唱が聞こえてきます。

 弔いでしょうか。しかし今夜はとても冷えます。

 椅子に腰かけ、聖歌をぼんやり聴きながら、虚ろな目でイエス・キリスト磔刑に処される祭壇画を眺めていると、

懐かしく愛おしい思い出や悔やまれることがどうしようもなく思い出され、どうにも涙が溢れて止まらなくなってしまいます。

 

 ……どうして。ああ、どうして。

 

 

 またある人はこんな情景が見えてくるかもしれません。

 音のない不気味な夜、暖炉の暗い灯りの前で、ひげを蓄えた老紳士が、こちらを真っ直ぐに見ています。

 ほれ、そこの若いの、わしの話を聞いていきなされ、と。

 「……わしにも昔は20代の若造じゃった頃があった。ロシア革命の火種が其処彼処にくすぶっている、暗く厳しい時代じゃったが、若い魂には、あぁ、それは…それは楽しい時代じゃった……」

 暖炉に火をくべ、熱いお湯を沸かして、老紳士は昔のことをぽつぽつと語り始める……

 

 

 ラフマニノフはこの曲で何を描いたのか、何を伝えたかったのか、答えはオーケストラの語りが、観客の耳に、心に響いた瞬間に完結します。皆さんには、どの楽団の演奏でどんな物語が聞こえてくるか、いつかこっそり教えてくださいね…!

 では、ここからはラフマニノフと各楽章についてご紹介いたします。

 


 ラフマニノフは、とても優れたピアニストであり、指揮者でした。作曲家としてはチャイコフスキーを目標と仰ぎ、大学卒業後22歳で交響曲第1番を発表するも酷評を浴び、もともと繊細だった彼はすっかり精神を病んでしまいます。

 精神科医の勧めで作曲したピアノ協奏曲第2番が評価され作曲家としての自信を取り戻すと、33歳で作曲したこの交響曲第2番で、ピアノ協奏曲第2番に続き2度目のグリンカ賞を受賞します。

 この曲が作曲された頃のラフマニノフは、妻・ナターリヤと結婚し2人の娘を授かるなど、公私ともに非常に充実した日々を過ごしていました。そんなラフマニノフが描いた交響曲第2番の世界とは…!

 


第一楽章 序奏付きのソナタ形式

 冒頭に演奏するコントラバスとチェロによる旋律が、第四楽章まで様々に形を変えて登場しますので、よく覚えておいてくださいね。

 ラフマニノフは、前奏曲「鐘」や合唱交響曲「鐘」など、教会の鐘が着想の源泉の一つだったと言われています。

この交響曲第2番では銅鑼やチャイムといった鐘を思わせる打楽器は登場しませんが、第一楽章の中盤にティンパニ金管楽器によって、鐘を思わせるコラールと、印象的なオクターブのフレーズが登場します。

ここから物語は啓示を受けたかのように劇的に展開し、第一楽章で最大の盛り上がりに達していくのですが、その様子はおよそ筆舌に尽くしがたいものがあります。頭の中には大小様々な鐘が鳴り響き、心は平静を保っていられず、身体中の毛穴が開き、涙が溢れて止まらなくなっていくのです。

…わかってる……わかってるけど…ああもう!……どうして!!

 それから、お話の繋ぎ目にちょこちょこ登場する、クラリネットによる柔らかな気配の正体は、このあと第三楽章までのお楽しみです。

 


第二楽章 スケルツォ

 コサック風の騎馬リズムの先導で現れる、ホルンによる旋律に注目です。
 この旋律は、ラフマニノフが生涯にわたって数々の作品に引用し続けた、グレゴリオ聖歌の「ディエス・イレ(怒りの日)」の旋律です。「怒りの日」とは、キリスト教における終末思想の一つで、天国に行けるか、地獄に行くか、その最後の審判が行われる日のことを言うそうです。

 一般的に、この「怒りの日」を引用する際は、死を連想させる場面が多いのですが、この第二楽章では前進する強いエネルギーを引き出すきっかけのように使われているのが面白いですね。

 ちなみにワタシには、色んな壁に対峙し、迷い悩みジタバタしてみる様子が想起されます。「どうする家康」ならぬ「どうするラフマニノフ」と。

 


第三楽章 三部形式

 交響曲第2番で最も有名な曲、これぞラフマニノフという、長く甘美な無限旋律は本当に美しく、幸せな夢の中に落ちていくような多幸感を是非味わってください。世界中のクラリネット奏者が憧れる名旋律に、要注目です。

 ロシア人の国民性といえば、仏頂面だが、とても親切で、少しシャイ、というのがあるそうです。そんなロシア人が作ったこの曲を、「アイラブユー」を「月がきれいですね」と訳してしまう日本人が聞くとどう感じられるでしょうか。まん丸の月を眺める二人の姿か、あるいは敬虔なキリスト教信者による涙ながらの告白か。それとも。

 ちなみに、曲の作りとしては、曲の終盤、ドミネ(主)を意味するDのニ長調に収斂していく(天上の世界へ昇っていく)という、すこし宗教的なつくりになっているそうです。

 

 

 

第四楽章 ソナタ形式

 あたり一体は喜びと活気に満ち溢れた賑やかなお祭りです。一楽章から三楽章までに登場した各種旋律を引用する手法はロシア交響曲の伝統なのだそうです。演奏者にとっては、最後の最後にかなり体力を消耗する楽章となっていますが、この第四楽章がこれだけ明るく長い曲になった理由を、少しでも感じていただけたら幸いです。

 

 ちなみに、曲の締め括りの“ダダダダン”は、憧れのチャイコフスキー先生の交響曲第5番へのオマージュ(運命の主題)とも言われています。

 33歳のラフマニノフが描く、これが運命。これが人生。